ふなびきこうこ デザインが日本の未来を創る

この日本列島の隅々には、ものづくりの現場で懸命に働く人々がいます。そのデザイン力で、限られた日本の資源からより多くの価値を生み出し、この国をより美しく、サステナブルにする。私は、この国の未来を創るため、創造の現場の声を政治に届けます。船曳鴻紅

昨年東京デザインセンターは開館二十年を迎えました。開館以来、インテリア・建築・デザインを始めとして、多くの創造者たちがここに集ってくださいました。その方たちによってつくり出された新たな交点の数々が、東京デザインセンターの起動力になってきたのだと思います。

私の想い

民主党前政権では、「コンクリートから人へ」というキャッチフレーズが生まれ、その意味するところは「公共工事から社会福祉へ」でした。しかし自民党時代の公共工事の多くが無駄なバラマキであったように、民主党の福祉政策も中身を吟味しないバラマキと言われ、今やその標語さえも取り下げられてしまったかのようです。私は、「コンクリートから人へ」も「人からコンクリートへ」も、どちらもその内容が「ハードからソフトへ」言い換えれば「モノ(施設や資金)からサービス(その運用方法)へ」に軸足がシフトすれば、共に社会にとって有用であるはずだと思います。例えば河川改修にしても、単に堤防・護岸を積むばかりでなく、多自然型の川づくりをすれば生態系も保全された親水空間ができあがります。また子供手当てにしても、現金給付ではなく保育園整備というサービスの充実もあり得ました。いずれにしても頭を使ったアイディア次第で、同じ予算額かそれ以下でより良い社会資産が生まれたはずです。そうではないという方がおられるとすれば、それはおそらく、頭を使わずにこれまで通りの仕事をこなすだけで、取りっぱぐれのない公共投資を享受したいだけなのではないでしょうか。デザインというと、カタチのことだと思われています。それもあるのですが、もっと本質的にはモノやコトが持つ個性を見いだし、それにより望ましいカタチを与える行為がデザインなのです。この国にはそこかしこに眠った宝があります。それはまだ磨かれていない素材だったり、まだ花開いていない才能だったり、まだ広く知られていない地域の歴史だったりします。それら埋もれた宝を世に出して、この国をもっと美しいものにする。そのクリエーションの現場で日々力を尽くす人たちと共に、地域社会を活き活きとさせ、未来の世代を育てます。

略歴

略歴

1947年 埼玉県川越市に生まれ、小学校5年時に東京に転居
1966年 私立東洋英和女学院高等部卒業
1972年 東京大学文学部社会学科卒業
1973〜1988年 船曳建夫(現東京大学名誉教授)と結婚
二男二女の母となり専業主婦を続ける
1991〜1998年 英国Oxford大学Rewley House Association, Japan代表
1989〜1993年 株式会社東京デザインセンター 取締役副社長
1994年〜 株式会社東京デザインセンター 代表取締役社長
1996〜2010年 通産省認定Gマーク審査委員
1998年〜 日本デザインコンサルタント協会代表
2002〜2012年 金沢卯辰山工芸工房講師
2002〜2005年 建築設備綜合協会「環境・設備デザイン賞」審査員
2003〜2005年 アセアンGマーク審査員(アセアン諸国)
2007〜2009年 経産省sozo_comm プロモーション戦略ディレクター
2008〜2014年 桑沢学園(東京造形大学)評議員
2009〜2010年 内閣府行政刷新会議事業仕分け 民間仕分人
2010〜2011年 経産省、厚労省、文科省、外務省 省内仕分人
2010〜2012年 愛知県立芸術大学客員教授
2011年〜 武蔵野美術大学評議員
2014年〜 池田山住環境協議会代表